10
6 月

日頃仕事柄地道な努力をしている弁護士や弁護士の卵たちは
あからさまに合コンをしていない。
友人が合コンの話を持ってきてくれて有り難く参加した事はあるけれど
年齢層によるが明るくて楽しいがここ一つ何かが足りない。
結婚を考えている私のターゲットが弁護士か弁護士の卵って決まっているから。
それじゃあダメだな・・・とも思っているが
結婚にはそれが今のところ諦められない縛りかな。

友人に結婚を決めた人がいる。彼女の結婚相手は36歳と、10歳も歳が離れている。
なぜ、結婚に至ったのか、それは彼女が諦めなかったこと。
彼女は医師と結婚したくて、しかしなかなか出会いがなかったという。
どこで知り合ったかというとカップリングパーティーだったそうで
お互いの条件がマッチして、お互いが第一印象同士ではなかったらしいが
それが浮かれず冷静な判断でお付き合いを重ねる事ができた、と言っていた。

しかし簡単なことではなさそうだ、何回もカップリングパーティーに参加して
将来の旦那様、結婚相手を捜していたらしい。 

そういう出会い、あるんだ・・・・ 
みんな本気で結婚相手をさがしているんだ・・・
私も仕事は落ち着いたし、できたら早めに結婚して、30歳前に出産して
と夢は広がる。

カップリングパーティーに行ってみよう! 

新しい母は最近、友達か、先輩か、お姉さんかのように色々を気遣って声をかけてくれる。
結婚相手の相談でも自分のことのように考えて話してくれた。
どうも私との関係が楽しいようだ。もちろん私も。

09
5 月

普通のOLになりました。この春からの就職先は保険代理店です。
 保険の商品にはいろいろあるし、個人だけではなく企業で必要な案件に対して
できるだけ専門知識を盛り込んで営業担当者が話せるように
プランニングやプレゼンテーションを駆使し、多岐に渡って忙しいが、充実して楽しい。 
ウスイ弁護士は私の仕事を最初はあまり歓迎して入れていないようだったが
ウスイ弁護士のご家庭と弁護士事務所に提案した案件は思いのほか評価され
私の自信に繋がったし、ウスイ弁護士の理解を得る事ができた。
味方がひとり増えたようで嬉しかった。

去年、カップリングパーティーで知り合った人と順調に付き合ってきたが
何かがちがう、と思った。
彼は普通のサラリーマンで間もなく35歳になる。
結婚を意識していて、すぐに
「結婚前に親にあってほしい」とか「結婚したけら•••してあげる」とかよく言っていた。
何かがちがう。
そう、私は人がを支える縁の下のちからもち体質。つまりMなのかも(笑)

そして弁護士やそれらの仕事をしている人と結婚したい、と思ったのです。
あの頃の夢を思い出して。
頭がキレて、物の言い方をよく状況をわきまえて冷静沈着(TVの北村弁護士のような)
そういう人と暮らしたい、結婚したい、このキモチはかわらないようだ。

義父のお嫁さん、私の母にあたる人は気さくで明るくていい人です。
彼女は過去に結婚していたようだが、あえて聞いていない。
でも聞けば何でも答えてくれると思う。
血は繋がっていない両親となる訳だが私を陰ながら支えてくれている有り難い存在。
「まさみちゃん、結婚考えてるの?」新しい母が尋ねた。
「うん、死んだ母が苦労してたから自分は早く幸せになりたいんだ」
「いいことだね、結婚っていうのは考えすぎちゃダメかも、
結婚してもいいな、と思ったら結婚しちゃったほうがいいよ、私の経験だけど、ハハハ」 

そして私は 地道にコツコツ努力してる弁護士と結婚するために出会いを求めて
温かい家庭を夢見るようになっていた。

30
4 月

大学受験備えてラストスパートの3ヶ月は何はなくても弁護士になるために
周りを見ずひたすら受験勉強に明け暮れた。
結果は、国公立ではないけれど、近隣の私立大学へ入学。
結果的には不満足な部分があったが、ウスイ弁護士も喜んでくれた。

 ずっと音信不通だった義父が年明けからよく連絡をくれて励ましてくれた。
責任ってものを感じてたのかな?
お金をくれたから大学に行く事ができた。

そして今の私があるんだと思う。

あれから楽しい学生時代を過ごし、何にでもチャレンジして新しく生まれ変わったつもり。
弁護士を目指して課題をこなし、成績もまあまあ優秀、
おしゃれもして、恋もして結婚を夢見たりして普通の女の子を駆け抜けてやってた。
そして気がついたことがある。
私は弁護士には向いていない。弁護士になれない。
事件に対して甘く考えていた。
私のような人間が人の人生を左右するような弁護士という仕事に就けない。
どちらかというと、表に立つ人間ではなく、裏方に徹して
フォローする役回りのほうが合っている。
大学を卒業後、弁護士になるための司法試験を目指さず、
一般企業の営業事務に腰を据える事にした。 
予備校や受験でお金をたくさん使ってしまったのに
義父は「そんなもんだろう、自分の進む道がはっきりしてよかったじゃないか」
父親らしいことを言ってくれた。
なかなか打ち解けなかった時間をこの決断が溶かしてくれたようだ。
そして義父は兼ねてからの交際相手と結婚した。
結婚後、その温かい結婚家庭に時々遊びに行き、結婚というすばらしさを今頃知った。

15
4 月

あんな時代があったな、結婚したいって思ってたけど彼とは別れてしまった。
若かったってことだね。
人を好きになる、恋する、愛する、なんて初めてだったし
愛される、必要とされる、なんて、この世にこんなすばらしいことがあるとは知らなかった。
いつも流行る曲は恋の歌ばかりで、
「流行っている曲の8割は恋の歌だな〜」と思って歌っていた。 
愛を知ると愛に狂ってしまう。
私もそのひとりになってしまった。
彼を想うばかりで、勉強が頭に入らない、弁護士の夢が遠ざかる。
わかっているけど大好きで大好きで予備校に行かず彼の元へ行ってしまう。

「ダメだ、このままじゃ、絶対にダメだ!!」って何度も言い聞かせた。

そして、彼は大人だった。
「まさみ、このままじゃだめなんだよ、俺もおまえも。」
わかってる、そう、私のブレーキが壊れていたんだ。

私は幼い頃からまわりの空気が読める。敏感だったから。
そして、今回も。
完全燃焼ではなかった。
はっきり別れを告げた訳でも告げられた訳でもなかった。
ただ、お互いが税理士・弁護士と、具体的に夢があり、
夢をあきらめず、夢に向かっていってるだけだった。
私は弁護士になる。そう、わすれちゃダメだ。弁護士になる!!

06
4 月

バイトを新橋のカフェにした
土日が休みだし、早番にバイトして、午後から予備校に行って
夜は自習室でずっと勉強することにしたから。
あの夏休みが私の最初の恋する季節となっていた。

いつも朝、コーヒーとクロワッサンを頼む見た目がダサいひとがいる。
仮にKさんとします。
Kさんはどうも私に気があったらしい。
初めは気がつかなかったがよく目が合う。
そのうち「おはようございます」と挨拶をかわす。
次のステップは「今日はいいお天気ですね」と一般的な天気話。
そのうち
Kさん:「今日から3日間くらいはいいお天気みたいですよ」
まさみ:「そうなんですかー、週末が天気がいいと嬉しいです」
Kさん:「ボク蒲田で見かけましたよ、●●信号の1本先の道から幹線道路に出て行く姿をお見かけしました。」 
まさみ:「えっ・・・」
Kさん:「蒲田の●●信号の近くに『HACHI』っていうカフェがあるの知ってますか?
そこのシフォンケーキセットが最高においしいんですよ」
まさみ:「・・・・そうなんですか」
Kさん:「今度行きませんか?」 

その日からKさんの「行きませんか?」のお誘いが多数あり(笑)
とうとうお受けして、食事をすることに。
Kさんは23歳。独身。税理士事務所勤務の税理士の卵。
私は弁護士の卵の卵で受験を控えている事を話すと驚いていた。
「お互い卵だけど、夢がかなったらいいね、それにしても税理士と弁護士なんて、
お互い固いイメージの職業だね」って言って笑い、たくさん話をして、、、
その夏、彼と恋に落ちた。

22
3 月

一生懸命勉強すると、ご褒美に試験に合格する。
ご褒美を目指して、弁護士を目指して、もくもく勉強した。
ときどきウスイ弁護士が
「どうしてる?ちゃんと食ってるか?」とか言って
ごちそうしてくれる。
庶民派のウスイ弁護士だから
蕎麦屋のカツ丼とか奮発してうな重とか。
でも私はウスイ弁護士から声をかけてくれるだけでうれしかった。

ウスイ弁護士は勉強を教えてくれない。
っていうか教えられないらしい。(笑)

そのころやっと気がついたのだが、どうやらウスイ弁護士は結婚していたらしい。
奥さんが病気で大変らしいと呟いていたから。
どこの家庭も何かしら問題はあるんだね。
ウスイ弁護士は
「人はそれぞれ問題があるけど、それは必ず越えられる試練だから
受け止めて越えればいいんだ。
私は弁護士として困った人の手助けをしているだけなんだ」
常々言っていたこの言葉が私の目標でもある。

大学に入学する為に集中して勉強となると時々叫びたくなる。
スーパーのお姉さんやバイトの大学生がカラオケに誘ってくれたので
初めてカラオケに行った。
「初めて」って言ったら、全員が「え~~~~っ!!!」って本当に驚いていた。
そういう意味で私はやっぱり大変な境遇のもとで育ったんだな・・・。
結婚しているお姉さんが 「まさみちゃん、結婚願望ある?」と聞いてきたので
「はい、結婚は早くしたいです、幸せな家庭が夢で・・・」
「じゃあまずは彼氏がいないとね」
「えーーーー、彼氏なんて・・・」
本当に付き合う、っていう意味が分からなかった10代だったのです。

04
3 月

ひとり暮らしでも大丈夫!前よりも全然ましだった。
実の母と結婚した人なんだから、って何度も思うようにしたが
やはり他人だったように思う。
どう考えてもその考えはぬぐえなかった。。。

最初は下宿先アパートのおばさんの知人のスーパーで働いていた。
結局何か物足りない生活だったので、私の相談相手、ウスイ弁護士がアドバイスをくれ、
目標をもって生活してみることにした。
目標は弁護士。ウスイ弁護士は嬉しそうだった。
勉強をするために大学へ行こうと思い、働きながら勉強を始めた。
取りあえず、予備校へ。母の生命保険が少なからずあったので
義父にお願いして予備校に通った。
金銭的にいくらかかったのか分からないが、予備校は高かったらしく
最初はいい顔をしてもらえなかった。
「女が大学に行ってなにがある?」と。
しかし、義父は普通のサラリーマンで、同僚にキャリアウーマンがいたらしく
そういう意味で進学を理解してくれた。
ただ「卒業したら何になるの?」と聞かれ
「弁護士」と答えたら、鼻で笑われた。
勉強は本当に難しい。
司法試験を受けるには法科大学院を出なければならない。
つまり、弁護士になるには普通の大学ではなく法科大学院を目指さなければならない。
法科大学院のある大学は国公立も私立も両方ある。
義父からは「うちは国公立じゃないとだめだ」と言われ
プレッシャーのなか、弁護士になる為に頑張ろうとおもった。
義父に負けない為に、夢をかなえるために・・・。
予備校とバイトの両立に苦しんだ。
ウザイ義父も結婚を意識した女性ができたようで、少し静かになった。
さっさと結婚すればいいのに。私の事なんか気にしないで。

10
2 月

義父からの旅立ち

「お母さんごめんね、でも耐えられないから家を出ます。」

母ががんになってまい、入院し、半年もしないうちに他界した。
50歳だった。
お葬式は密葬で身内だけで行った。
母が離婚したので本当の父はお葬式に来なかったが、
別居していた兄が来て久しぶりに顔を合わせる事ができた。

「これからどうするんだ?お前の新しいお義父さんとうまくいってるのか?」
兄の言葉に「おにいちゃん、大人になったね・・・」と感心した。
兄:「俺の知り合いで土地持ちの奴がいて、
その親がアパート持ってるからに相談してみようか?
こんな事情なら相談にのってくれると思うんだ、さすがに他人と暮らすのはイヤだろ?」
私:「うん、本当に嫌なの。お酒飲むと気持ち悪いし。」
兄:「何か間違いでもあったらヤバイからな」

兄と実父の段どりで蒲田のアパートに暮らせることになった。
特に対立などはなく弁護士さんに相談することもなかった。
ただ義父は納得していないようだったが、私とは意志の疎通ができないので
仕方ないな、と判断してくれたようだ。

私は別にスレていたわけではなく、真面目に高校を卒業して
生活の為に進学は断念したけれどバイトしながら目的を探していた。

時々、義父から電話が来た。私を心配してくれているらしい。
今の私なら理解して有難く思えるが、当時の私にはただウザイ存在となってしまっていた。
義父は当時まだ45歳位だったと思う。
まだ結婚できる40代なんだから、新しい人をみつければいいのに・・・
そう考えていた。

25
1 月

ウスイ弁護士の手助け

両親が離婚して、母が一生懸命働いて、私を育ててくれました。
私も本当は友達と遊びたかったけれど、遊びにいくとお金が必要になるので
我慢して、母の内職を手伝った。
今考えても暗いな・・・

暗い私はもちろんイジメのターゲット。
表沙汰にはならなかったけど、あの状況をドラマにしたら
視聴率かせげるんじゃないかなー?って思います。
例えば、物がいつの間にかなくなるのは当たり前、
頭から汚い水をかけられたり、蹴られたり。
いつもグループでよってたかって私をターゲットにしていた。
先生に相談しても何もしてくれない、かといって母に相談したら心配してしまう。
別居していた兄に相談してしたかったが連絡先がわからない。

母が以前から相談していた駅前の汚い雑居ビルにウスイ弁護士さんがいた。
ウスイ弁護士はかっぱみたいな頭のおじいちゃん弁護士。
結婚していたのどうかわからなけれど、いつも誰かのお世話をして感謝されていた。
私が困った時もウスイ弁護士がなにかとアドバイスをくれた。

多分、いつのまにかイジメがなくなったのは
ウスイさんがなにかしらの手をまわしてくれたんだと思っている。

あの頃、母は38歳、まだ恋愛ができる歳だったんだろう。結婚した。
新しいお父さんが来て、私はなかなか笑顔になれなかった。
シラフのときは優しい人だったが、私にはあの泥酔状態が気持ち悪く
同じ部屋で同じ空気で呼吸しているのかと思うと
本当に自分が汚れていく感じで許せなかった。
そんな私を母も義父も許せなかったのかもしれない。
母が私に手をあげる。今考えればDVだ。

ウスイ弁護士には言えなかった。
母にまで嫌われているなんて言えなかった。
もしかしたら、母は私を嫌いになったわけではなく、
母の自慢の娘が思う通りにならないプライドがあり、
母も苦しんでいたかもしれない、、、
今ならこう考える事が出来るようになった。

12
1 月

多分小学校に上がる前、だったとおもう。
両親が離婚して、私は母親と一緒に暮らしていた。
時々会える父親は兄と父親の実家で暮らしていたんだと思う。
ほのかな記憶だけど、多分そう。

今年、26歳になる。
幼いときはトラブルをたくさん抱えた家庭で育った。
あの頃は「嫌だ」とそればかりの思い出だが、今は
「なんてひどい家庭に育ったんだろう、かわいそうに・・・」と
一般的な家庭と比較してそう思っている。
そして今は「結婚して幸せな家庭を築きたい」という夢がある。
出来たらいろいろお世話になった弁護士さんと結婚したい。

なぜ、弁護士さんと結婚したいのか、
まずは親の離婚と事件。
子供だった私はビクビクしていたらしく、弁護士さんの優しさが救いとなった記憶がある。
「あー、こんなことだったら弁護士さんと結婚しとけば
どんなことにも負けないからいいわねー」
と、よく母が嘆いていた。
当時、原因がよくわからなかったが
母親は弁護士さんに頼っていたのはよく覚えている。

もう一つの理由として、結婚だけではなく弁護士さんへの憧れがある。
弁護士さんは困ったひとの力になり、その人が再生していく。。。
その手助けを横で幼心にステキな大人に見えたから
「弁護士になりたい」とも思っている。
勉強は好きだが、そのレベルにまでは達していないのが悔しいが。

もし弁護士さんと結婚できたとしたら、その弁護士さんのフォローをして
誰かの支えになりたい、力になりたい、、、そう思って
その気持ちを綴ろうと思ったので時々だけど
「弁護士と結婚したい奮闘記を」ブログにしてみた。